素晴らしい台湾の人:ピラミッドと修身教育
(以下の小文は、1960年代の長い旅行で感じたエピソードを書いたものですが、内容的には、現在にも通用するのではと思い、ここに載せています)
ヨーロッパを旅行して、いわゆる民度の高い北の国々から、つまりスカンディナビアの国々から、南の方の国に行くにしたがい、ひどい目に出合うことがあるという。
私の2ヶ月に近いヨーロッパ旅行の最後に、アテネを訪ねたのは、真夏で炎暑の頃であった。ギリシャの自然は素晴らしい。抜けるような青空、その青空を背景にそそり立つ、アクロポリスの神殿、神々の素晴らしいギリシア彫刻などは、今思い出しても溜息のでるような経験であった。 そこまでは良かったが、アテネ空港を出発する際、トラブルが起こった。短い1~2日のアテネの滞在だったので、税関に重いトランクを預けて観光していた。そのトランクを受け取って、カイロに飛ぼうとしたのだが、税関のお役人がストライキを起こしており、税関の荷物預けからトランクが受け取れない。 途方にくれるとはこのことである。
さいわいJALの職員の方が同情し、後から送ってあげようというあり難い話しで、税関内にトランクを置き去りにしたまま、カイロに向かった。これがカイロ訪問のケチのつき始めであった。(現在、ギリシャの経済危機が大きな問題になり、ギリシャの公務員の勤務にも、種々の問題点があると指摘されている)
カイロの飛行場からリムジンでホテルへ行く。リムジンからホテルまで荷物を運んだポーターに、あらかじめリムジンの運転手に聞いていた額のチップをあげた。するとそのポーター、もらったチップのお札をテーブルにピシャピシャ叩きつけ、Nothing , Nothing (ただ同然のチップだ) と連呼する。もっと金を出してくれとの要求である。不愉快なので、ほんの僅かだが足し金をすると、舞台で観客の歓呼に答える音楽家のように、胸に手をあて足をひき、最敬礼をしてお引き取りになった。 部屋に入ると、夜10時過ぎにもかかわらず、ベッドがつくってない。フロントに連絡すると、大の男が2人も来て、ベッドをつくると共にチップをねだる。
ピラミッドは素晴らしかったが、エジプト滞在にはコリゴリした。眺望の素晴らしい寺院で、ガイドと共に断崖近くに寄り景色を眺めていると、兵士が一人鉄砲をかついで寄ってきた。ガイドが金をゆすり、抵抗する観光客を崖から突き落とすことがあるので、兵士が守っているのだと誰かが言ったが、真偽の程は分からない。カイロ出発時、偶々10人近い日本人が一緒になり、全員、「ヤレヤレ、これで無事に出国できる」と喜んだものである。(始めに述べたが、1960年代の経験で、現在の話ではない)
次に訪ねたバンコックでは、時間がなく、日本語を日本人同様に話す台湾の人にガイドを頼んだ。この人が信じ難いような律儀なガイドであった。案内は懇切叮寧で、感謝してチップをあげようとすると、固辞して受け取らない。スナックに寄りコーラを飲みませんかというと、お客さんからそんなことをして頂いてはと辞退する。市内からタクシーを拾い飛行場まで行こうとすると、彼はそのタクシーの番号を控える。そして「飛行場までの料金はこれ位、もし法外の料金を請求されたら連絡してほしい、車の番号も控えたのでタクシー会社にかけ合ってあげます」という。
この人は、「自分は台湾で日本の修身教育を受けたので、悪いことは決してしない」と言っていた。私は、戦後久しく日本ではタブーのような修身教育という言葉をきき、それを今もって守っている台湾人のガイドさんに会い、感慨なきを得なかった。これとは全く別だが、かってある台湾の人が私に「かつての日本人の精神的美徳は、現在の日本にはなく、かえって今なお台湾に受けつがれている」と語ったことがある。
私は、かっての修身教育をそのままの形で復活せよとは、もとより言うつもりはない。しかし今のままでよいだろうかと、はなはだ不安に思っている。昔の人は、衣食足って礼節を知ると言った。衣食が足りれば、礼節が自から備わると思う人がいれば大間違いであろう。日本は経済的には大変な発展を遂げたものの、心の点では何か貧しく、退化して行っているのではないかと心配になる。自由で豊かな日本は素晴らしいし、外国に行く度にその気持ちがより強くなる。しかし精神面については、ことに若い世代に、根本的に考えるべき問題があるのではなかろうか。家庭での教育、学校での教育、さらにマスメディアの影響など、それぞれの原因について深く考えるべきであろう。
アメリカの若い世代の、近年の〝豊かさ〟の中の退廃を思うにつけ、私の大学、研究所を中心にした限られた交友関係でも、多くの両親が問題のある子供をかかえ悩んでいるのを見るにつけ、このあたりで日本は、精神面の健全さを考え直さなくては、と思わさせられる昨今である。