海外のロータリークラブあれこれ NEW

ワシントン DC ロータリークラブ
ワシントン DC ロータリークラブ

 

この小文は、日本と海外のロータリークラブを比べて見たものです。このホームページは、ロータリアンの方もご覧になる、そのご参考になれば幸いです。

 

1    年会費の問題: 日本の年会費と、基本的に違うのは、食事の費用です。日本の年会費には、食事代が入っている。 海外(私が知っているのは、ほとんど米国)では、食事代はその都度払います。それから、事務員がいないクラブが多い。日本で事務員のいないクラブは、ほとんど無いでしょうが。 幹事が事務員の代わりをする。それで年会費が、500ドルとか、非常に安くなります。

 

2    その一例をあげてみます。国際ロータリーの前の事務総長のフタさんは、ハワイ出身で、たしかHonolulu-East RC、ホノルル東RCが、ホームクラブだったと思います。 随分前に(30年前?)、このクラブを訪ねると、幹事が、会員のバッジをつめた、横長の細いブリーフケースを持参、それから会員の方が、バッジを取出し、胸につけていました。幹事さんは、結構大変だな、という記憶があります。

 

3     もう一つの例として、事務員で思い出すのは、オーストリアのウイーンの、オペラ座のそばのクラブです。かなりの人数のクラブで、夜の例会です。ドイツ語で、しきりに話し合いをしている。 何だろうと横の英語を話す人に聞くと、「今は事務員がいないが、雇うべきかどうか、話し合っている」、とのことでした。

 

4    ついでに週報の事を書くと、日本のクラブでは、ほとんど週報があるが、週報がないクラブも、結構あります。むしろ、週報のあるクラブの方が、少ないでしょう。

 

5    北米以外で、最初に出来たのは、ロンドンRCです。ロンドンでの会議を利用し、訪ねてみると、会員数が半分になった、とのこと。 会長さんの話では、今のロータリーが忙しくなり、若い人が入ってこれない、そのためではないか、という説明でした。どんな組織でも、簡素化をはかる、それが大事な事でしょう。

 

6    これは最初に書くべきでしたが、どこのクラブでも、来訪者を快く迎えてくれ、歓迎してくれる、これはロータリーの有難い伝統です。最初から友人として迎えてくれる。初めからニックネームで呼ぶ、そういうクラブもあります。私なら、トムでしょうか。

 

7    一番ショックを受けたのは、ボストンRCです。世界で7番目に出来た名門クラブで、かっては、会員が400500人いた。 それが私が久しぶりに訪ねたときには(2007年)、4050人に激減し、訪ねた日の、例会出席の会員は、13人のみでした。会員増強とか、そういうレベルの話ではなく、基本的に考えるべきではないか、と感じさせられます。

 

8    一番楽しかったのは、「ポールハリス記念RC」です。和気あいあいとしている。ご夫人方が食事を作り(当時このクラブに女性会員はいない)、楽しい食事を共にする。ボストンから北北西にドライブして、45 時間のところ、ウォリングフォードという町にあります。ポールハリスは自叙伝(My Road to Rotary, 私のロータリーへの道)で、ロータリー運動は、いわば谷間にある彼の故郷、ウォリングフォードでの生活から生まれた、と言っています (下の英文参照)。故郷の村の人々の厚い友情、政治的な、また宗教的な寛容さを基にして生まれた、という事です。 考えさせられるし、大事にしたい記述であり、コンセプトです。                  

 

    The genealogy of my contributions to the movement (Rotary movement)  goes back to my Valley, the friendliness of its folks, their religious and political tolerance. In a way, the movement came out of the valley.